覚醒下開頭頭蓋内腫瘍摘出術について
覚醒下頭蓋内腫瘍摘出術
脳腫瘍の中には,脳そのものの中に発生するものがあります.このような腫瘍を摘出しようとする際には,脳に切開を加えたり,時には脳そのものを切除したりする必要が生じます.一方で,脳腫瘍の中には摘出度(どれぐらい腫瘍を摘出するか)がその後の再発しやすさに影響するものがあり,そのような場合にはできるだけ多くの腫瘍組織を摘出した方が良いということになります. このように,腫瘍を積極的に摘出することは,脳の機能を損傷するリスクを生じることと隣り合わせの状況となるので,脳の機能を温存しながらできるだけ積極的な腫瘍摘出を行うための方法として覚醒下頭蓋内腫瘍摘出術が発達してきました.
この手術方法は,全身麻酔下に開頭を行い,腫瘍と周囲の脳組織が露出された後に麻酔を切って患者さんを覚醒状態とし,会話ができるような状況で,さまざまな高次脳機能検査,運動機能の評価をしながら腫瘍を摘出することにより,手術による神経症状の悪化を回避する治療方法です.当院では,覚醒下手術に習熟したチーム(脳神経外科,麻酔科,手術室看護師,言語聴覚士,理学療法士,臨床検査技師)により患者さんをしっかりとサポートします.積極的な腫瘍の摘出を行いながら,患者さんの神経症状(失語の有無、麻痺の有無)をその場で詳しく観察・評価し,同時に神経生理モニタリングでも神経機能をチェックし、良好な腫瘍の摘出を可能にしております.
覚醒下で手術を行っている際,患者さんの痛み,吐き気,暑さ寒さなどの負担が大きくなっていないかどうかを手術室看護師がチェックします.それぞれの患者さんに無理のない覚醒下手術を受けていただけるよう,それぞれの方にあわせた手術計画を事前に検討しています.
覚醒下頭蓋内腫瘍摘出術の流れ
実際の手術の流れを説明します.
左前頭葉の運動性言語野に発生した神経膠腫に対して言語機能を温存することを目的とした覚醒下手術を行う場合です.
術前
術前準備として,術前の患者さんの神経機能を言語聴覚士が評価します。失語症があるのかどうか含めて高次脳機能の検査を行います.
次に機能MRI(fMRI)を用いて脳の機能を画像化します.この方の場合には腫瘍の後方に言語機能が存在しているのではないかと思われました.
次に患者さんと手術の打ち合わせをします.手術中はどのような体勢でいるのか,実際にどのような事をして,失語症の有無を評価するのか(しりとりや、カードの物品呼称など),痛みや吐き気を感じたときにはどのようにすればよいか,などについて,詳しく説明を聞いて頂きます.手術室看護師は,自分が好きな音楽のCDなど持ち込んでもらったり,部屋の温度はどれくらいが良さそうか,腰や背中にクッションを入れておいた方がいいかどうか,などの聞き取りをさせて頂きます.
手術当日
手術当日,手術室に入室し,麻酔がかかる前に頭部の向きや身体の姿勢について,確認をとっておきます(図1).
次に静脈麻酔を用いて麻酔がかかった状態とし,口から人工呼吸のための器具を入れて全身麻酔の状態とします.
皮膚切開部分を消毒し,十分に局所麻酔を行い覚醒時に痛みを感じないように準備します.
全身麻酔の状態で手術を開始,皮膚や頭蓋骨を展開し,病変部が露出された状態にします.
次に麻酔の薬を中止し,患者さんを覚醒状態にします (図2).
麻酔科医師が痛みや吐き気などがないかどうかの確認をとり,患者さんの状態が安定しているかどうか評価します.
脳外科医師が,病変部の周囲の脳に対して電気刺激を加え,失語症状などがどの部位で生じるのかを言語聴覚士が判断していきます (図3).
この患者さんでは,腫瘍の直上およびごく近い周囲の電気刺激では言語症状が認められず,腫瘍の後方の部分で失語症が生じることが分かりました.
この結果をうけて,腫瘍を全摘出することが可能であると判断し,患者さんの神経症状を評価しながら,最終的には腫瘍を全摘出することができました (図4, 5).
術後
術後,言語機能は温存されました.一過性の記憶障害を認めましたが,徐々に改善しました.患者さんは術後2週間で自宅退院され現在は職場復帰をされています.
術前後のMRIで,言語野に存在していた腫瘍が全摘出されたことが確認されました (図6).
この患者さんの,術後のヒアリングですが,「手術前,覚醒下手術に対する不安はありました,事前に手術の流れの説明は受けていましたが,やはり実感がわかないというか,想像ができないので心配でした.手術当日は,一回麻酔で寝た後に徐々に意識が戻ってきて,ああ手術なんだなと分かりました.痛みは思ったほど感じなかったです.たまに咳が出たり,口が渇いたりしましたが,リハビリの先生の指示もよく聞こえたので,自分なりに,指示通り手足を動かしたり会話をしたり,概ね問題なくできました.途中で一度頭がいたくなって,そのことを看護師さんに伝えました.痛み止めを注射してもらって楽になったと思います.手術そのもので,辛いことはなかったと思います.術後のリハビリもスムーズでしたのでよかったと思います.ただ仕事に戻ったときは,人の名前を思い出せなかったりということがあって,しばらく少し苦労しました.」
大阪市立総合医療センターでは...
大阪市立総合医療センターでは,覚醒下手術を安全・確実に受けて頂くため,脳神経外科,麻酔科,手術室看護師,言語聴覚士,作業療法士,臨床工学技士など様々な部門が協力し,患者さんを術前,術中,術後と一貫してしっかりとサポートする体制をとっています.
当院で治療を希望される方は,地域医療連携室から診察予約をとって頂き,担当医からの説明を受けていただけます.
※写真はすべて患者さんの許諾を得て使用しています.
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脳神経外科頚部内頚動脈狭窄症脳は左右の内頚動脈,椎骨動脈によって栄養されており,内頚動脈は首のレベルで総頚動脈から枝分かれします.その起始部が狭くなったものが頚部内頚動脈狭窄症で,脳梗塞の原因となります.狭くなる原因のほとんどは動脈硬化ですが,稀に頚部の放射線治療後の変化や大動脈炎症候群などもあります.動脈硬化によって分厚くなった血管壁にはコレステロールや脂肪が溜まっておりプラーク (粥腫 (じゅくしゅ))と呼ばれます (図1).プラークの一部が脳へ飛んでいくことで脳梗塞が起こりますが、その他にも狭窄部位を通る血液が固まり,血栓が脳へ飛んでいくこと、狭窄が進行すると脳血流が低下することでも脳梗塞を起こします.脳梗塞は片側 (狭窄と反対側)の手足の麻痺や言語障害を起こしますが,プラークや血栓が眼への血管 (眼動脈)へ飛んでいくと,片眼 (狭窄と同じ側)の視野が欠ける黒内障を起こすことがあります. 図1 図1:頚部内頚動脈狭窄症 脳は左右の内頚動脈と椎骨動脈によって栄養されている. 頚部内頚動脈狭窄症は内頚動脈の起始部に,動脈硬化によるプラークが形成され,血管が狭窄している. 頚部内頚動脈狭窄症は脳梗塞や黒内障を起こした,または起こしかけた(数分で症状が消失)際に見つかる (症候性)だけでなく,頚動脈エコーなどで偶然に発見される (無症候性)こともあります.いずれも治療は脳梗塞の予防または再発予防が目的となります.それにはまず内科的治療が基本となり,動脈硬化の危険因子である高血圧,糖尿病,脂質異常症のコントロールや禁煙,節酒などの生活習慣の改善,そして狭窄の程度によっては血をサラサラにする薬 (抗血小板剤)の内服も行います.症候性にせよ無症候性にせよ,狭窄が軽度な場合には内科的治療のみで予防を行っていきます.しかし症候性で狭窄が中等度以上の場合や無症候性でも狭窄進行して高度になると,内科的治療に加えて外科的治療も行った方が再発の予防効果が高くなります.外科的治療には血管内手術 (カテーテル手術)である頚動脈ステント留置術と直達手術である内膜剥離術があり,当院では基本的に頚動脈ステント留置術を選択していますが,そのリスクが高いと判断された場合には内膜剥離術をお勧めすることもあります. 頚動脈ステント留置術 頚動脈ステント留置術は原則,局所麻酔で行います.太ももまたは腕の動脈からガイディングカテーテルと呼ばれる直径2-3mmの管を総頚動脈まで進め (図2A)、その中からメッシュ状の金属の筒 (ステント)を狭窄部に留置して拡げます (図2D).狭窄部を拡げる際にプラークが飛散することがあり,それが脳へ飛んでいくと術中に脳梗塞となるため,それを防ぐための道具 (風船型 (図2B),フィルター型 (図2C))を,あらかじめ狭窄部より奥の内頚動脈に留置して手技を行います.風船型かフィルター型の選択は,患者さんのプラークの性状 (柔らかいかどうか),長さ,血管の曲がり具合,脳血管の状態などによって決定します. 図2A 図2B 図2C 図2D 図2A-D:頚動脈ステント留置術 太ももまたは腕からガイディングカテーテルを総頚動脈まで誘導し (2A),その中を通して金属の筒 (ステント)を狭窄部に留置して拡げる (2D).狭窄部を拡げた際に飛散したプラークが脳へ飛んでいかないように,風船 (バルーン)型 (2B)またはフィルター型 (2C)の道具 (デバイス)をあらかじめ狭窄部より奥の内頚動脈に留置しておく.風船型は血流を一時的に遮断した状態でステントを留置し,飛散したプラークは最後に吸引カテーテルで吸引・除去する.一方,フィルター型では血流は流れたままで,飛散したプラークはフィルター内に回収される. 内膜剥離術 当院ではより低侵襲な頚動脈ステント留置術を第一選択として検討しますが,大動脈や総頚動脈の動脈硬化が非常に強い患者さんやプラークが非常に柔らかいまたは非常に硬い患者さん,造影剤が使用できない患者さんなどでは,内膜剥離術をお勧めすることがあります. 内膜剥離術は全身麻酔で行います.首の皮膚を切開し,筋肉と筋肉の間から狭窄部を含む頚部血管 (総頚動脈,内頚動脈,外頚動脈)を露出させます.プラークが脳へ飛んでいかないように血流を一時的に遮断した状態で,内頚動脈から総頚動脈に割を入れて,その内腔にあるプラークを直視下に剥離して切除します (図3A).一時的な血流遮断によって脳血流の低下が懸念される患者さんでは,内シャントと呼ばれるチューブ状の道具 (デバイス)を総頚動脈と内頚動脈の間に留置して,血流を流した状態でプラークの剥離・切除を行うこともあります (図3B). 図3A 図3B 図3A, B:内膜剥離術 内膜剥離術は総頚動脈,内頚動脈,外頚動脈の血流を一時的に遮断した状態で,内頚動脈に割を入れて,直視下にプラークを剥離して切除する (3A). 内シャントと呼ばれる道具 (デバイス)を総頚動脈と内頚動脈の間に留置して,血流を流した状態でプラークの剥離・切除を行うやり方 (3B)もあり,当院では原則,内シャントを使用している. 当院では傷が目立たないように,首のしわに沿った皮膚切開(横切開)を行っています.また手技は多少煩雑になりますが,遮断に伴う血流低下及び脳梗塞の予防のため,原則,全例で内シャントを使用しています.詳しく見る -
脳神経外科脳動脈瘤脳動脈瘤は,脳の動脈の一部分が瘤状に膨らんだもので,通常は太い動脈にできることが多く,この瘤が大きくなり,壁の薄い部分が破れて,くも膜下出血を起こします.くも膜下出血は,命に関わる重篤な疾患で,救命できても後遺症がでる可能性もあります.くも膜下出血が起こると,約30%の患者さんが命を落とし,救命できても約30%で何らかの障害が残ります. このようなくも膜下出血の原因となる脳動脈瘤は,小さいものを含めると40歳以上の成人の5%前後(100人に5人前後)に認められます.脳動脈瘤ができる成因は十分に解明されていませんが、遺伝的な要因や環境的な要因があり、特に高血圧や喫煙などによって血管壁にストレスがかかり、壁が弱くなることが関連していると考えられています. 脳ドックなどのMRI検査で偶然発見されることも多く,破れていない脳動脈瘤は未破裂脳動脈瘤と呼ばれます.未破裂動脈瘤は通常,症状を呈することはありません.しかし脳神経の近くにできた動脈瘤では,大きくなることで神経を圧迫して,視力・視野障害や眼球運動障害 (物が2重に見える),眼瞼下垂 (まぶたが垂れ下がる)などの神経症状が出現することもあります. 未破裂動脈瘤が破れればくも膜下出血となりますが,破裂の危険性は動脈瘤の部位,大きさ,形状,数などによって異なり,また高血圧をもつ患者さんや喫煙者などで高くなることが知られています.現時点では破裂を完全に予防するための内科的治療はないため,未破裂脳動脈瘤の患者さんの多くは,破裂の危険因子(高血圧、喫煙など)のコントロールや不安な気持ちへのケアをしながら年に1-2回の画像による経過観察(動脈瘤の増大や形状変化がないか)を行っています.しかし患者さんの年齢・全身状態や動脈瘤の部位・大きさ・形状などから、生涯での破裂の危険性が治療 (手術)の危険性を上回ると判断した場合には破裂予防のための治療をお勧めしています. 以下に日本の脳卒中ガイドラインにおける未破裂脳動脈瘤の治療適応を示します. 未破裂脳動脈瘤の治療適応 (脳卒中治療ガイドライン2021改訂2025) 未破裂脳動脈瘤の自然歴 (破裂リスク)から考慮すれば,下記の特徴を有する病変はより破裂の危険性の高い群に属し,治療 (手術)などを含めた慎重な検討をすることは妥当である. 大きさ5~7mm以上の未破裂脳動脈瘤 大きさが5mm未満であっても, 症候性の脳動脈瘤(動脈瘤によって神経症状が出現しているもの) 前交通動脈瘤および内頚動脈―後交通動脈分岐部動脈瘤 Dome neck aspect比が大きい(入口が狭く風船のように膨らんでいるもの),不整形(いびつな形のもの),ブレブ(動脈瘤の中にさらに膨らみがあるもの)を有するなどの形態的特徴を持つ脳動脈瘤 また増大傾向にある未破裂脳動脈瘤も,治療 (手術)を再検討することが勧められています. 繰り返しになりますが,未破裂脳動脈瘤の治療 (手術)目的は破裂 (くも膜下出血)の予防にあります.したがって当院では動脈瘤の部位,大きさ,形状だけでなく,患者さんの年齢,健康状態 (生活年齢),さらには手術の危険性などをトータルに考慮して,手術をした方が良いと判断した場合にのみ,手術をお勧めしています. 未破裂脳動脈瘤の手術には,開頭手術(クリッピング術),血管内治療(コイル塞栓術,フローダイバーター留置術)の2通りの方法があります.破裂予防が目的ですので,当院ではより確実に予防が行える方法をお勧めしており,予防効果が開頭手術と血管内治療で同じ程度であれば,より低侵襲な血管内治療を優先しています. 血管内治療 (コイル塞栓術など) このようなくも膜下出血の原因となる脳動脈瘤に対する血管内治療は大きくコイル塞栓術とフローダイバーター留置術に分けられます.コイル塞栓術は1990年代から行われており,その長所・短所はよく知られています.一方,フローダイバーター留置術はコイル塞栓術の欠点を補うべく開発されたもので,2010年代から使用されています. コイル塞栓術でもフローダイバーターでも,血管内治療は全身麻酔で行います.また未破裂脳動脈瘤の場合は,治療による脳梗塞が起こらないように血をサラサラにする薬 (抗血小板剤)を一定期間,内服してもらいます. コイル塞栓術 マイクロカテーテルを脳動脈瘤内へ誘導し,そこからプラチナ製のコイルを瘤内に留置します.瘤内にコイルを十分に留置することで血流が入らなくなり,動脈瘤は消失します (図1). 図1A 図1B 図1:脳動脈瘤に対するコイル塞栓術 太ももまたは腕からカテーテル (マイクロカテーテル)を脳動脈瘤内まで誘導し,瘤内にプラチナ製のコイルを留置する (1A).複数本のプラチナコイル留置することで,瘤内に血流が入らなくなり,脳動脈瘤は消失する (1B). 実際にはこのようなシンプルな方法ではなく,多くの場合で,動脈瘤の入口から正常血管へコイルがはみ出さないようにするため,様々な工夫を行います (図2A-C). 図2A 図2B 図2C 図2:コイル塞栓術の様々な工夫 2A:ダブルカテーテルテクニック マイクロカテーテルを2本使用して,コイル塞栓術を行う. 2B:バルーン支援下コイル塞栓術 風船 (バルーン)を膨らませて,一時的に動脈瘤の入口をカバーした状態で,コイル塞栓術を行う. 2C:ステント支援下コイル塞栓術 脳動脈瘤がある正常血管にメッシュ状の金属の筒 (ステント)を留置して動脈瘤の入口をカバーし,コイル塞栓術を行う フローダイバーター留置術 従来のコイル塞栓術では治療が難しい脳動脈瘤や再発が多い大きなサイズの脳動脈瘤などに対しては,フローダイバーターを用いた治療を行います.フローダイバーターは網目の非常に細かい特殊構造の金属でできており,血流の向きを変える効果があります.筒状 (ステント)のものは,脳動脈瘤がある正常血管に動脈瘤の入口を覆うように留置して,動脈瘤に流れ込む血流を減少させ,最終的に瘤の縮小・消失が得られます (図3A).また動脈瘤内に直接留置する籠状のフローダイバーターもあります (図3B). 図3A 図3B 図3:脳動脈瘤に対するフローダイバーター留置術 フローダイバーターは網目の非常に細かい特殊金属でできており,血流の向きを変える効果を持っている.筒状のもの (3A)は脳動脈瘤がある正常血管に留置して,動脈瘤内へ血流が入らないようにする. 一方,籠状のもの (3B)は動脈瘤内に直接留置して,瘤内に血流が入らないようにする. 開頭手術 (クリッピング術) 手術用顕微鏡を用いて,直接動脈瘤を確認し動脈瘤のくびれの部位にチタン製のクリップを挟み,動脈瘤内に血流が入らないようにします.これにより動脈瘤の破裂を予防します.1970年代から日本でも普及し始め,半世紀の経過を経て標準的治療として確立されてきました. 動脈瘤のほとんどは脳を栄養する太い血管に発生します.血管は脳と脳の間(脳槽、脳溝)を走行します.手術の際にはこのスペースを徐々に広げ,脳そのものは損傷しないように行います.予防のための手術であり,術後合併症をきたさないように最大限の注意が必要になります.手術の際には脳組織だけでなく,動脈から分岐する径が1mm以下の非常に細い血管(穿通枝)や細かな静脈も損傷しないようにする必要があり,非常に繊細なテクニックが要求されます. 当院では開頭クリッピング術の際,術前検査も侵襲を伴う脳血管撮影は行っていません.必要な場合のみ行うようにし,より低侵襲な造影CTA検査,腎機能障害がある場合はMRI・MRA検査のみで行っています. 手術の際には,全例で術中モニタリング,術中ICG蛍光造影検査を行っています.術中モニタリングで,クリッピングなどの操作の際に麻痺が出現していないかチェックを行い,蛍光造影検査にてクリッピングを行った後,動脈瘤の遮断がされているかだけでなく,周囲の細かな血管が温存されているか確認を行います.これらを通して,手術に伴うリスクを少しでも軽減するようにしています. また,できるだけ侵襲を少なくするため皮膚切開,開頭も小さくするようにしています. 開頭クリッピング術 A:右中大脳動脈瘤(造影CT検査) B:術中所見右中大脳動脈瘤(矢印) C:術中所見動脈瘤クリッピング後(矢印) D:クリッピング術後.動脈瘤は消失(造影CT検査) 当院では再発症例,大きなサイズの動脈瘤や脳の深部に存在する動脈瘤に対しても開頭手術を行ってきました.術中の一次遮断,バイパス術の併用,術中血管撮影やカテーテル手技による血管閉塞など様々なテクニックを駆使して様々な部位,大きさ,形状の動脈瘤治療を行っています. 【深部の大型脳底動脈上小脳動脈瘤の症例】 A:左脳底動脈上小脳動脈分岐部動脈瘤(造影CT検査) B:術中所見クリッピング後(矢印:動脈瘤、O:動眼神経、IC:内頚動脈、BA:脳底動脈、SCA上小脳動脈) C:クリッピング術後(造影CT検査) 【動脈瘤に対する低侵襲手術】 また,低侵襲な血管内治療が多く行われるようになり,開頭手術においても低侵襲性を目指して,皮膚切開、開頭を極力小さく手術(低侵襲手術:minimally invasive surgery)を行うようにしています. A:従来の開頭手術の皮膚切開線(赤矢印)と開頭線(青矢印) B:低侵襲手術の皮膚切開線(赤矢印)と開頭線(青矢印) 治療の合併症としては術中の一時遮断や周囲の細かい血管の閉塞による脳梗塞のリスクが考えられ,当院では全例に電気生理学的モニタリングや術中ICG蛍光造影を行い,より安全に行うようにしています. A:クリッピング術後 B:ICG蛍光造影にて動脈瘤内に血流がないこと,周囲の血管が温存されていることを確認 ■当院での実際の手術の際の流れ 術前検査としては,外来で脳血管造影CT検査,単純MRI検査にて評価を行います.侵襲を伴う脳血管撮影検査は必要な場合のみ行っています. 入院は手術の前日になります.食事は前日まで,水分摂取は当日の朝6時までになります(検査が必要な場合は前々日に入院していただくこともあります). 手術当日は、午前8時半ごろに手術室に向かいます(8時過ぎから家族の面会も可能です). 手術室に入り,全身麻酔を行い,その後各種モニタリングの設定を行います.実際の手術開始は10時前後になります. 手術時間は動脈瘤の部位,サイズなどにより大きく異なりますが,一般的な前方循環の5-10㎜程度の動脈瘤であれば,3-5時間程度となります. 手術後,麻酔は覚まし,神経症状の異常がないことを確認し,手術室を退室します.そのまま頭部CT検査を行い,術後出血などの問題がないか確認します. 手術後当日はICU(集中治療室)にて管理を行います.集中治療専門の医師と連携して,術後経過を見ていきます. 手術翌日に一般病棟に戻ります.食事も翌日から再開します. 術後の検査を行い,1週間後に皮膚を固定しているスキンステープラを外します. 約8-10日の入院となります(早期退院を希望される場合は外来にてスキンステープラを外します。5-6日での退院も可能です). 手術後も引き続き外来にて再発などないか定期的にフォローを行っていきます.詳しく見る -
脳神経外科動静脈シャント疾患 (動静脈奇形、動静脈瘻)1. 動静脈シャント疾患とは 血液は正常では動脈-細動脈-毛細血管-細静脈-静脈の順に流れています (図1A).一方,動静脈シャント (短絡)は動脈が毛細血管を介さずに静脈が直接つながってしまった状態です.動静脈シャントを認める血管奇形の総称を動静脈シャント疾患と言い,動静脈奇形や動静脈瘻が含まれます. 毛細血管には様々な役割がありますが,その1つに血圧の調整があります.したがって毛細血管を介さない動静脈シャント疾患では,圧の高い動脈の血流が,本来は圧の低い静脈に直接流れ込んでしまうため病変部に負担がかかり,その結果として様々な症状を引き起こします. 動静脈奇形は比較的細い動静脈レベルで動静脈シャントが形成されており,動静脈シャント部はナイダスと呼ばれる異常血管の塊となっています (図1B).一方,動静脈瘻は動静脈奇形よりも太いレベルで動静脈シャントが形成されており,多くの場合,動静脈シャント部の静脈が拡張して静脈瘤となっています (図1C).動静脈シャントができる原因は完全には解明されていませんが,遺伝子異常,炎症,外傷 (手術を含む)などが原因の1つと考えられています. 図1A 図1B 図1C 図1A:正常の血管構造 血管は動脈,細動脈,毛細血管の順にその径が小さくなり,血管にかかる圧は主に細動脈と毛細血管レベルで下がっていく.その後,細静脈,静脈の順にその径は太くなるが,血管にかかる圧は低いままである. 図1B:動静脈奇形 動静脈奇形は比較的細い動脈と静脈がナイダスと呼ばれる異常血管の塊を介して動静脈シャントを形成している. 図1C:動静脈瘻 動静脈瘻は動静脈奇形よりも太いレベルで動脈と静脈が直接つながっており,動静脈シャント部には負担がかかるため静脈瘤を形成している. 動静脈シャント疾患は病変の部位,血管の構造,血流の速さ (シャント血流量)などの個人差が非常に大きく,そのため症状や適切な治療法は患者さん毎に異なります.また頚部内頚動脈狭窄症や脳動脈瘤よりも稀な疾患で,治療もより戦略的に行う必要があり,専門性の高い疾患となります.中途半端な治療が行われると,その先の治療が困難になることもありますので,最初から専門施設での治療をお勧めします. 動静脈シャント疾患は脳や脊髄だけでなく顔面,手足,肺など全身のどこにでもできる可能性があります.当院では脳・脊髄に限らず全身のあらゆる動静脈シャント疾患に対して脳神経外科が対応しています.以下に代表的な動静脈シャント疾患である脳動静脈奇形,硬膜動静脈瘻,脊髄・脊椎動静脈シャント疾患,頭頚部動静脈奇形,肺動静脈瘻について解説していきます. 2. 脳動静脈奇形 脳の中にできた動静脈奇形 (図2A)で,多くは20~40歳代に脳出血で発症します.また出血以外にも頭痛やけいれんなどで発症することもあります.脳出血で発症した場合には病変の部位によって運動麻痺,言語障害などの様々な神経症状をきたし,これらは後遺症となるリスクがあります.さらに出血が大きい場合には生命が脅かされることもあります. 図2A 図2A:脳動静脈奇形の血管構造 正常の脳動脈からナイダスへの栄養動脈が分岐し,動静脈シャントの血流はナイダスから流出静脈へと向かう. ナイダス部の脳は機能していないが,その周囲の脳は機能している. 年間出血率は2%前後ですが,脳動静脈奇形は見つかれば全例で治療すべきというわけではありません.経過観察した際の出血リスクと治療に伴う合併症のリスクとのバランスを考えて,患者さん毎に治療方針を決定します.治療には開頭手術,定位放射線治療 (ガンマナイフ),血管内治療などがありますが,その選択は患者さんの年齢,症状,病変の大きさ,血管構築などから総合的に判断します.具体的には脳ドックなどで偶然に見つかった場合 (無症状)には,経過観察か治療を行うにしてもリスクが低い定位放射線治療 (ガンマナイフ) (図2B)となります.出血以外の症状 (頭痛やけいれん)で見つかった場合 (非出血例)は,まず症状に対する対症療法 (内科的治療)を行いますが,対症療法に抵抗性の場合には他の治療法を検討します. 図2B 図2B:脳動静脈奇形に対するガンマナイフ 約200本のガンマ線 (放射線の1種)をナイダスに集中するように照射する. 1本1本のガンマ線は弱い放射線であるので,周囲の正常脳への影響は最小限であるが,ガンマ線が集まるナイダスには強い放射線が当たることになる. ガンマナイフでは治療後に病変はすぐに消失せず,2~3年かけて徐々に閉塞していく. 出血で発症した場合 (出血例)には再出血のリスクが高まりますので,全例で治療を行います.治療に関しては血管内治療 (術前塞栓術)を併用した開頭手術 (図2C, D)をまず検討し,開頭手術のリスクが高い部位の病変に対しては定位放射線治療をお勧めしています.また出血した部位がはっきりしている場合には,先に出血した部分のみを先に血管内治療で閉塞させ,その後に次の治療を検討することもあります.脳動静脈奇形は細い動静脈レベルで動静脈シャントが形成されていますので,血管内治療のみで安全かつ確実に根治させることは困難なのが現状ですので,開頭手術または定位法線治療が治療の中心となります. 当院では出血例,非出血例いずれに対しても,より確実にまた安全かつ低侵襲に行える治療法を選択します. 図2C 図2D 図2C:脳動静脈奇形に対する血管内治療 (術前塞栓術) 太ももまたは手首から細いカテーテル (マイクロカテーテル)を栄養動脈まで誘導し,そこから血管を閉塞させるための液体 (液体塞栓物質)を注入する.正常の動脈は閉塞させない範囲で可能な限りナイダスを閉塞させ,開頭手術の際の出血が減るようにする. 図2D:脳動静脈奇形に対する開頭手術 開頭手術では丁寧にナイダスの部分のみを切除して,ナイダス周囲の正常脳や正常の血管を損傷しないようにする. 3. 硬膜動静脈瘻 硬膜は脳と頭蓋骨の間にある硬い膜で,脳を保護しているだけでなく,その中には正常の脳静脈が脳の表面から心臓へ還るための流出路である硬膜静脈洞も存在しています (図3A, B).硬膜動静脈瘻の多くはその硬膜静脈洞の壁またはその周囲に発生します.好発年齢は中高年代で,特に目の奥 (海綿静脈洞部)や耳の後ろ(横・S状静脈洞部)が好発部位となります.硬膜には非常に多くの動脈があるため,硬膜動静脈瘻は多数の栄養動脈が関与しているのが特徴です.また病変周囲の硬膜静脈洞が閉塞していることもあり,これは硬膜動静脈瘻による症状にも関係します. 図3A 図3B 図3A:硬膜と脳,頭蓋骨との関係 (断面図) 硬膜は脳と頭蓋骨との間にあり,その中には脳の表面からの静脈を受ける硬膜静脈洞が存在する. 図3B:代表的な硬膜静脈洞 (側面から見た図) 硬膜静脈洞は様々な部位で脳からの静脈を受けており,その血流を心臓へ還している. 硬膜動静脈瘻の症状は病変の部位や周囲の硬膜静脈洞の閉塞の有無などによって多種多様ですが,大きくは正常の脳静脈の流出を邪魔しているかどうかで分けられます.正常の脳静脈の流出を邪魔していないもの (図3C)の多くは,頭痛や心臓の拍動に一致した耳鳴りなどで発症し,症状の程度は個人差がありますが,脳うっ血や脳出血を起こすことはありません.したがって正常の脳静脈の流出を邪魔していない硬膜動静脈瘻は,症状の程度によって治療を行うか経過観察かを決定します.症状が軽く経過観察とした場合でも,後に脳静脈の流出を邪魔するようものへと進行することがあるため,定期的なMRI検査は必須となります. 図3C 図3C:硬膜動静脈瘻 (正常の脳静脈の流出を邪魔していないタイプ) 多数の栄養動脈がシャント部 (☆)に収束している. 動静脈シャントの異常血流はそこから硬膜静脈洞を使って心臓に向かって流出している. 一方,正常の脳静脈の流出を邪魔しているもの (図3D)は,病変周囲の硬膜静脈洞が閉塞している場合などで認められます.このような場合では動静脈シャントの異常血流が脳静脈に逆流することがあり,そうなると正常の脳静脈の流出は邪魔され,進行すると脳はうっ血して正常に機能しなくなります.そのためけいれんや運動麻痺,言語障害などの神経症状を認め,また認知障害が急速に進行することもあります.脳うっ血を起こしていると脳出血を起こすリスクも高く,年間出血率は8-19%になります.したがって正常の脳静脈の流出を邪魔している硬膜動静脈瘻は,症状がなくても基本的に治療をお勧めしています. 図3D 図3D:硬膜動静脈瘻 (正常の脳静脈の流出を邪魔しているタイプ) 硬膜静脈洞が閉塞していることで,動静脈シャントの異常血流は心臓側へ流出することができず,脳静脈を逆流して脳内へ向かっている. 硬膜動静脈瘻の治療のほとんどは血管内治療で行い,シャント部を閉塞させます.病変の部位,血管構築に応じて,動脈側からの治療 (経動脈的塞栓術) (図3E)もしくは静脈側からの治療 (経静脈的塞栓術) (図3F)を選択します.血管構築が複雑な場合は複数回の血管内治療を要することがあり,血管内治療で病変を消失させることが困難な場合には定位放射線治療 (ガンマナイフ)を追加することもあります.また血管内治療でカテーテルが到達困難な病変や脳神経麻痺が出現するリスクが高い病変などは開頭手術をお勧めすることもあります. 図3E 図3F 図3E:硬膜動静脈瘻に対する経動脈的塞栓術 太ももまたは手首から細いカテーテル (マイクロカテーテル)をできる限り栄養動脈の奥 (動静脈シャント部の近く)に誘導し,そこから血管を閉塞させる液体 (液体塞栓物質)を注入する.病変が消失することで動静脈シャントの異常血流が逆流していた脳静脈は正常の流れに戻る. 図3F:硬膜動静脈瘻に対する経静脈的塞栓術 太ももまたは首の静脈からマイクロカテーテルを病変に関与している硬膜静脈洞まで進め,動静脈シャントの異常血流が流出している硬膜静脈洞をシャント部も含めてプラチナコイルなどで閉塞させる.病変が消失することで動静脈シャントの異常血流が逆流していた脳静脈は正常の流れに戻る. 4. 脊髄・脊椎動静脈シャント疾患 脳から腰に向かって連続している脊髄は,その周囲を脳と同様に硬膜に覆われ,さらにその外側には骨である脊椎がある.また硬膜と脊椎の間には硬膜外腔というスペースが存在しており (図4A, B),その中を脊髄や脊椎に向かう動脈,脊髄からの神経,脊髄や脊椎からの静脈が走行しています.脊髄・脊椎動静脈シャント疾患は病変の部位に応じて,脊髄髄内動静脈奇形,脊髄辺縁動静脈瘻,脊髄硬膜動静脈瘻,脊髄硬膜外動静脈瘻などがあります.脊髄・脊椎動静脈シャント疾患は脳動静脈奇形や硬膜動静脈瘻と比べて頻度はさらに低く,より専門性が高くなるので,その治療は経験豊富な施設で受ける必要があります. 図4A 図4B 図4A, B:正常の脊髄,硬膜,硬膜外腔,脊椎の位置関係 (A: 前方から見た図,B: 図4Aの①レベルでの横断面) 脊髄は脊椎の真ん中にあるトンネル状の空間 (脊柱管)に首から腰に向かって認められ,その周囲は硬膜に覆われている.硬膜と脊柱管の壁との間のスペースが硬膜外腔となる. 4-1. 脊髄髄内動静脈奇形 脊髄髄内動静脈奇形は脊髄内にできた動静脈奇形 (図4C)です.脊髄は部位によって頚髄 (首の高さ),胸髄 (胸の高さ),腰髄 (腰の高さ)に分けられます.その中で脊髄髄内動静脈奇形は胸髄レベルにできることが多く,20~40歳代に出血や脊髄うっ血 (脊髄の正常静脈の流れが邪魔されて脊髄が腫れる)などで発症することが多いのが特徴です.症状は病変に部位によって異なり,胸髄と腰髄レベルでは両下肢の運動麻痺,感覚障害,排尿・排便障害をきたし,頚髄レベルではそれらに加えて両上肢の運動麻痺,感覚障害や重症の場合には呼吸障害をきたします.年間出血率は4%前後で,約30%に動脈瘤を合併します. 図4C 図4C:脊髄髄内動静脈奇形 正常の脊髄動脈から複数の栄養動脈がナイダスへ分岐しており,動静脈シャントの異常血流はナイダスから流出静脈へ向かっている. ナイダス内に出血の原因となる動脈瘤を伴うことがある. 脊髄は脳と比べて非常に小さく,そのため外科手術,血管内治療ともに脳動静脈奇形よりもリスクが高くなるため,治療は原則的に症状を呈している場合にのみ行います.外科手術は根治できる可能性があるものの,手術の際に病変の周囲にある正常の脊髄が傷ついて神経症状が悪化する可能性もあるため,当院では外科手術よりも血管内治療を優先しています.血管内治療も目標は病変の消失ではなく,出血した動脈瘤部分のみを閉塞させるか (図4D),または安全なところのみ閉塞させて動静脈シャント量を減弱させ,再出血の予防または症状の改善を狙います. 図4D 図4D:脊髄髄内動静脈奇形に対する血管内治療 (経動脈的塞栓術) 太ももから細いカテーテル (マイクロカテーテル)を栄養動脈まで誘導し,そこから血管を閉塞させる液体 (液体塞栓物質)を注入する. 出血の原因となるナイダス内の動脈瘤を閉塞させることで,再出血の危険性を下げることができる. 4-2. 脊髄辺縁動静脈瘻 脊髄表面にできた動静脈瘻 (図4E)で,胸髄レベルにでき,動静脈シャント部には静脈瘤を認めることが多いのが特徴です.好発年齢は小児から若年者で,脊髄うっ血や出血だけでなく,静脈瘤が脊髄を圧迫して症状を呈することもあります.非常に稀な疾患なので年間出血率などの詳細は分かっていません.症状に関しては脊髄髄内動静脈奇形と同様ですが,病変の血管構築によっては治療で根治が期待できることが大きく異なります.脊髄辺縁動静脈瘻は脊髄の表面に存在するため外科手術も可能ですが,当院ではより低侵襲に行うことのできる血管内治療を選択しています (図4F).症状を認めている場合は全例で治療を行いますが,症状を認めていない場合 (無症状)でも一旦症状が出現すると後遺症となる危険性が高い疾患なので,治療のリスクとのバランスを見て治療をお勧めすることもあります. 図4E 図4F 図4E:脊髄辺縁動静脈瘻 脊髄辺縁動静脈瘻は脊髄の表面に存在し,脊髄髄内動静脈奇形よりも栄養動脈が太い.また動静脈シャント部には静脈瘤を伴うことが多い. 図4F:脊髄辺縁動静脈瘻に対する血管内治療 (経動脈的塞栓術) 太ももから細いカテーテル (マイクロカテーテル)を栄養動脈まで誘導する.そこから血管を閉塞させる液体 (液体塞栓物質)を注入して,動静脈シャントの異常血流を遮断する. 4-3. 脊髄硬膜動静脈瘻 脊髄を覆う硬膜にできた動静脈瘻 (図4G)で,中高年の男性に多く認められます.背骨で言うと肋骨がつながっている胸椎レベルに多く見られ,動静脈シャントの異常血流が脊髄の静脈に逆流することで脊髄の正常静脈の流れが邪魔されて脊髄がうっ血し,両下肢の運動麻痺,感覚障害,排尿・排便障害などで発症します. 図4G 図4G:脊髄硬膜動静脈瘻 脊髄硬膜動静脈瘻は脊髄を覆う硬膜に動静脈シャントを形成している. 動静脈シャントの異常血流が脊髄の静脈へ逆流することで,正常の脊髄静脈の流れを邪魔して脊髄うっ血をきたす. 治療は血管内治療と外科手術のどちらでも可能ですが,当院ではほとんどが血管内治療で行っています (図4H).ただし閉塞させる動脈の傍から脊髄への正常の枝がでている場合には外科治療をお勧めしています。外科手術は逆流している静脈を凝固・切断することで病変を消失させます (図4I). 図4H 図4I 図4H:脊髄硬膜動静脈瘻に対する血管内治療 (経動脈的塞栓術) 太ももから細いカテーテル (マイクロカテーテル)を栄養動脈まで誘導する.そこから血管を閉塞させる液体 (液体塞栓物質)を注入して,動静脈シャントの異常血流を遮断する. 図4I:脊髄硬膜動静脈瘻に対する外科手術 背中側から背骨の一部を削ってアプローチをする.脊髄を覆う硬膜を切開して,硬膜の中から動静脈シャントの異常血流が逆流している脊髄静脈を凝固・切断することで病変は消失する. 4-4. 脊髄硬膜外動静脈瘻 脊髄硬膜外動静脈瘻は脊髄の硬膜と脊椎との間の硬膜外腔にできた動静脈瘻で (図4J),脊髄硬膜動静脈瘻と同様に中高年の男性に多く,動静脈シャントの異常血流が脊髄の静脈へ逆流して脊髄うっ血をきたすことで,両下肢の運動麻痺,感覚障害,排尿・排便障害などの症状を呈します.脊髄硬膜動静脈瘻と異なるのは病変の位置で,脊髄硬膜外動静脈瘻の多くは腰やお尻の高さにある腰椎・仙椎レベルに認められます.脊髄硬膜動静脈瘻と非常によく似た疾患ですが,脊髄硬膜外動静脈瘻は稀に動静脈シャントの血流量が非常に多い場合があり,その際には周囲の神経などを圧迫することで症状を呈します.治療は血管内治療と外科治療のいずれも可能ですが,脊髄硬膜動静脈瘻よりもさらに血管内治療に向いており,当院では血管内治療で根治を目指します (図4K). 図4J 図4K 図4J:脊髄硬膜外動静脈瘻 正常の硬膜外腔には脊髄からの静脈が流出しているため,この部位に動静脈瘻ができると動静脈シャントの異常血流が脊髄の静脈へ逆流することがある. 図4K:脊髄硬膜外動静脈瘻に対する血管内治療 (経動脈的塞栓術) 太ももから細いカテーテル (マイクロカテーテル)を栄養動脈まで誘導して,そこから血管を閉塞させる液体 (液体塞栓物質)を注入する.動静脈シャント部 (☆)を閉塞させることで,脊髄静脈への逆流は消失する. 5. 頭頚部動静脈奇形 頭皮,顔面,耳などにできた動静脈奇形で,時に動静脈瘻の形態をとることもあります.症状は病変の部位,動静脈シャントの量 (シャント血流量)によって様々ですが,動静脈シャントの血流量がそれほど多くない場合は皮膚の発赤や熱感を認め,病変部の腫脹や拍動はあまり目立ちません (静止期) (図5A).しかしシャント血流量が増えてくると,病変部は腫脹して血管の拍動を認めるようになります (拡張期) (図5B).さらに進行すると疼痛が出現し,さらに病変部の皮膚に潰瘍ができて出血するようになります (破壊期) (図5C).シャント血流量は年齢が上がるにつれて増えてくることが多く,病変部の腫脹も徐々に強くなっていきます.特に思春期では半数以上で進行を認めます.また頭頚部動静脈奇形は外傷,感染,ホルモン変化,血行動態の変化などによって急激に増大することがあり,特に妊娠によっても増悪することがあります. 図5A 図5B 図5C 図5:頬部の動静脈奇形 5A:静止期.病変部の腫脹はあまりなく,外表上は赤あざのように見える.病変部の皮膚は熱感を認める. 5B:拡張期.病変部が腫脹し,触ると動脈の拍動を認める. 5C:破壊期.病変部の色調が悪くなり,疼痛が出現する.また時に出血を認める. 治療のタイミングは疼痛,潰瘍,出血などの症状が出現している場合や美容的理由がある場合には治療適応となります.病変部の発赤や腫脹のみの場合には病変の大きさや血管構築などから根治が可能かどうかで治療適応を判断します.治療は血管内治療や外科手術(切除+再建)で行います.動静脈瘻の場合だと血管内治療単独で根治を狙うことも可能ですが,動静脈奇形は複雑な血管構築をとることが多く,そのため血管内治療と外科手術を組み合わせた集学的治療を行わなくてはいけません.当院では血管内治療は脳神経外科で,外科手術は脳神経外科と形成外科の合同で行っています.病変を根治させることが理想ではありますが,美容的な面を考慮すると実際には難しいことが多く,その場合には症状の改善やコントロールが治療目標となります.根治できない場合には血管内治療も外科的切除も病変にとっては一種の外傷であるため,それらを契機に病変が増大する危険性もあります.したがって頭頚部動静脈奇形の治療は病態をしっかりと理解している血管内治療医と外科医で行わなくてはいけません. 6. 肺動静脈瘻 (肺動静脈奇形) 肺にできた動静脈シャント疾患で肺動静脈奇形とも呼ばれますが,ほとんどが動静脈瘻の血管構築となっているので,ここでは肺動静脈瘻で統一します. 正常の肺の毛細血管の役割は圧調節だけでなく,ガス交換もあります (図6A).これは私たちが口や鼻から吸い込んだ酸素を血液中に取り込んで,代わりに二酸化炭素を血液中から回収しています.肺動静脈瘻があるとそこを流れる血液は毛細血管を通らないためガス交換が行われず,血液中の酸素量は少なくなってしまいます (図6B).そのため,普段は自覚症状がなくても運動をするとすぐに息切れが生じるようになります.息切れの程度は肺動静脈瘻の大きさや数によりますが,大きな肺動静脈瘻や多発性の肺動静脈瘻の患者さんでは血液中の酸素濃度 (血中酸素飽和度)が普段から低くなります. 肺の毛細血管には他にフィルターとしての機能もあります (図6A).肺動脈には全身の臓器を巡った血液が流れますが,その中には血の塊 (血栓)や細菌が入っていることがあります.肺の毛細血管はこれらを濾しとっており,これらが心臓から全身に飛んでいかないようにしています.肺動静脈瘻では正常の毛細血管がないためフィルターが機能せず,そのため血栓や細菌が肺を通り過ぎて心臓から全身の臓器に飛んでいってしまいます (これを奇異性塞栓症と言います).特に脳へ飛んでいくことが多く,血栓が飛んでいくと脳梗塞,細菌だと脳膿瘍を起こします (図6B).脳梗塞や脳膿瘍を発症すると適切な治療を行っても運動麻痺や言語障害などの神経症状が後遺症となる危険性があり,また大きな脳梗塞や脳膿瘍では生命に危険が及ぶこともあります. 図6A 図6B 図6A:正常の肺の毛細血管 正常の肺の毛細血管は血液中の酸素と二酸化炭素のガス交換を行うだけでなく,血液中にできた小さな血栓や血液中に入った細菌が心臓を介して全身に飛んでいかないようにするフィルターの役割もある. 図6B:肺動静脈瘻 肺動静脈瘻は正常の毛細血管を持たないためガス交換が行われず,またフィルターとしての機能も持たない.そのため小さな血栓や細菌が心臓を介して全身に飛んでいく危険性がある.脳へ飛んでいくと脳梗塞や脳膿瘍を起こす. 肺動静脈瘻の治療は外科手術もありますが,現在では血管内治療 (図6C)が第一選択です.息切れなどの呼吸症状を呈している患者さんはもちろんですが,無症状の患者さんでもある程度の大きさ以上の病変であれば治療をお勧めしています.肺動静脈瘻は出血することもありますが,実際には妊娠中を除いて非常に稀ですので,無症状の患者さんの治療目的は主に脳梗塞や脳膿瘍の予防になります.逆に妊娠可能な年齢の女性の場合には,出血を予防するために妊娠前に治療を受けることをお勧めします. 図6C 図6C:肺動静脈瘻に対する血管内治療 太ももの静脈から心臓を通して細いカテーテル (マイクロカテーテル)を病変まで誘導する. 静脈瘤から栄養動脈にかけてプラチナコイルを留置して,病変を消失させる. 肺動静脈瘻はオスラー病という遺伝性疾患に合併することが多いので,肺動静脈瘻の患者さんは必ずオスラー病かどうかの診察を受ける必要があります.詳しく見る