ガンマナイフ治療
ガンマナイフ治療について
ガンマナイフは、スウェーデンのカロリンスカ大学の脳神経外科医であるレクセル教授により開発され、1968年より臨床応用が始められた頭蓋内疾患専用の定位的放射線治療装置です。定位というのは位置を定めるという意味であり、治療標的に対してピンポイントの照射を行うことをいいます。これにより様々な頭蓋内疾患の高い制御効果が得られます。開頭手術のような切開を加える必要はありませんので、体には極めて負担が少なく、短期間での入院による治療が可能です。
ガンマナイフ治療の原理
ガンマナイフユニットの中には192個のコバルト(Co60)線源が半球状に配置されており、各々からガンマ線が中心の1点に向けて集中照射するように配置されています(図1)。そのため標的病変に対して短時間で高線量の照射が可能となる一方、周囲組織に対する影響は最小限となっています。非常にシャープな線量分布であり、他の定位放射線治療装置に比較すると、周辺組織への被曝は極めて少ない特徴があります(図2)。
図1.照射のイメージ 図2. ガンマナイフの線量計画(聴神経腫瘍)
最新型レクセルガンマナイフlcon(アイコン)の特徴
図3.レクセルガンマナイフ アイコン
2020年7月、従来のガンマナイフパーフェクションから最新型であるIcon(アイコン)による治療がスタートしました。この装置にはコーンビームCTと照射中の患者さんの動きをリアルタイムにモニタリングするシステム(HDMM)が備わっています。これらを用いることにより従来からの頭部をフレームで固定する治療(単回照射)に加えて、マスクで固定する分割照射(複数回照射)も可能となりました。分割照射の利点として、大きな病変やリスクの高い部位にある病変の治療をより安全かつ効果的に行うことができます。治療の適応範囲が広がることにより、より多くの患者様のニーズに応えることができるようになりました。
ガンマナイフ治療の適応
ガンマナイフ治療の対象となるのは、基本的には大きさが3cmまでの脳疾患です。主な適応疾患は、転移性脳腫瘍、聴神経腫瘍、髄膜腫、下垂体腺腫、脳動静脈奇形などです。脳腫瘍の治療後は約90%の症例で腫瘍を大きくしない効果(消失、縮小、不変を含む)があります。また最近では三叉神経痛にも良好な効果が得られており、2015年に保険適応として認められるとともに治療症例数が増加しています。
ガンマナイフアイコンではマスク固定を用いた分割照射(複数回照射)による治療が容易に可能です。疾患にもよりますが、3cmを超えるような大きな病変にも効果的で安全な治療を行うことができます。
各疾患について
転移性脳腫瘍
最も多い治療疾患が転移性脳腫瘍です。適応は直径3cmまでの大きさの腫瘍で、治療後の腫瘍制御効果(少なくとも腫瘍を大きくさせない)は約90%です。神経症状のある場合もその改善が期待できます。病変の数が多発性にあっても1日で治療が可能であり、以前に全脳照射等の放射線治療を受けられた方にも治療は可能です。治療が1日で終わるので、必要であれば速やかに全身化学療法など次の治療へ移っていただくこともできます。大きな病変に対しては、分割照射(複数回照射)による治療をお勧めする場合があります。
右前頭葉の転移性脳腫瘍症例
治療時 6ヶ月後
6ヶ月後に腫瘍は消失しました。
転移性脳腫瘍(15カ所の腫瘍)の線量計画
多発性の病変にも治療が可能です。
聴神経腫瘍
片側の難聴で発症することの多い疾患です。大きな腫瘍で水頭症を合併しているような場合は開頭手術が適応となります。ガンマナイフ治療の適応として、大きさは2.5cm以下であり、かつ小脳失調症状や顔面のしびれ等の脳圧迫症状がないことが条件となります。治療から5~10年後の腫瘍局所制御率は約90%です。特徴としては約6割の症例で治療後3カ月~2年半の間に一時的に腫瘍が膨化してやや増大します。その後徐々に縮小していきます。合併症として顔面神経麻痺の発生する確率は非常に低く、当院では約700例の治療後一過性に軽度の症状が出現した患者さんが2人おられるのみでした。治療時に有効聴力のある患者さんの6割は5年後にも有効聴力が保たれています。また、手術加療が必要な大きな聴神経腫瘍に対しましても、機能温存を考えて腫瘍摘出を行い、その後ガンマナイフ治療を行うことで、神経機能を温存した治療が可能です。
左側聴神経腫瘍症例
治療時 2年後 9年後
9年後腫瘍は著明に縮小しています。
髄膜腫
最も頻度の高い良性脳腫瘍で脳を包む膜から発生します。頭蓋内のあらゆる部位に発生しますが、脳の表面に近いものや大きなものは基本的に開頭手術による治療となります。ガンマナイフ治療の適応としては、脳の深部に存在し手術の危険性が高いものや径3cmまでの大きさで脳圧迫症状のないことが条件となります。手術による摘出術後に残存した病変も治療の対象です。治療後5-10年の腫瘍制御率は約90%です。
頭蓋底に存在し視路に近接する髄膜腫の場合、分割照射(複数回照射)による治療により、安全かつ効果的な治療を行うことができます。
髄膜腫の症例
治療時 10年後
摘出術が困難な右海綿静脈洞部の髄膜腫です。治療10年後縮小した状態が続いています。
下垂体腺腫(非機能性)の症例
摘出術前 ガンマナイフ時線量計画 治療8年後
44歳女性。視力視野障害で発症した非機能性下垂体腺腫を経鼻的手術で摘出しました。術後左海綿静脈同部に残存した腫瘍を含めてガンマナイフ治療を施行。治療8年後腫瘍は消失しています。
脳動静脈奇形
典型的には、若年者に頭蓋内出血あるいは症候性てんかんなどで発症する疾患です。未治療の状態では年間に約3%の確率で出血すると言われており、出血した場合神経症状を後遺したり最悪の場合生命に危険が及ぶこともあります。治療の目的は異常な血管網を閉塞させて、結果として出血を予防することです。閉塞までは少し時間がかかり、治療から3年後の閉塞率は奇形の大きさにもよりますが、60-90%程度です。完全な閉塞が確認されればほぼ出血の危険性はなくなりますが、少しでも残った場合は出血の危険性は残ります。もし病変が残存した場合は再度治療を行い閉塞に導くことも可能です。
脳動静脈奇形症例
ガンマナイフ治療時 2年後
治療2年後に脳動静脈奇形は閉塞しました。
三叉神経痛(特発性)
顔面片側の強い痛み(電撃痛と呼ばれます)が特徴的で、原因は頭蓋内の血管が三叉神経のある部分で接触していることにより起こります。開頭術により接触している血管を神経から離す手術(微小血管減圧術)により高い確率で治癒が期待できます。ただ患者さんの中にはご高齢の方あるいは全身状態が良くなく全身麻酔による手術が困難な方もおられ、このような方が治療の良い適応となります。手術のように治療後すぐに痛みがなくなるわけではありませんが、治療2カ月後の痛みの緩和率は約80%です。2015年に保険収載されてから患者さんの数は増加してきています。
三叉神経痛に対する線量計画
右側脳槽部三叉神経に対してガンマナイフ治療を施行しています。
ガンマナイフ治療の合併症について
病変の種類、大きさや部位によって異なりますが、治療数週~数か月後に病変周囲の脳浮腫が生じて神経症状の悪化をきたすことがあります。極めてまれですが、放射線壊死という病態に進行し外科的な治療が必要になる場合もあります。
病変が脳の表面にありかつ大きい場合には、近傍の皮膚にも放射線が当たるため、その部分に脱毛が生じることがあります。
治療実績(1994年1月~2019年12月、計7325症例)
治療の流れ
頭部をマスクで固定する方法とフレームによる固定方法があります。
1.マスク固定(主に分割照射) 照射回数に応じた入院(または通院)治療
①MRI、CTスキャンなどを撮影し、病変部位の決定後、最も有効で周囲神経組織に障害 を与えない線量計画を行います(外来あるいは入院日)。
②マスクを作成し装着します。
③ガンマナイフユニットに一体化されたコーンビームCTを照射前に撮影し、線量計画の画像と合成することにより、正確な治療の位置を設定します。
④線量計画に従って自動的に病変に照射します。
マーカーや赤外線カメラにより高い治療精度を維持しながら照射します。
2.フレーム固定(単回照射) 基本的に3日間の入院治療
①局所麻酔下に頭部にフレームを固定します
②線量計画のためにMRI、CT、脳血管撮影(脳動静脈奇形のみ)などの検査を行います
③専用のコンピューターを用いて病変に対して最も有効で周囲神経組織に障害を与えない線量計画を行います
④線量計画に従って自動的に病変に照射します。実際の治療時間は病変の大きさや性状、個数により異なりますが、約15分から3時間程度です。
治療後は紹介元の病院で3~6カ月毎のMRI撮影を行い、経過観察していただきます。
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脳神経外科下垂体腺腫 | 脳神経外科特徴 脳下垂体とは、脳の底にぶら下がっている小さな器官です。身体にホルモンを分泌する働きを持っています。ホルモンは全部で8種類あり、身体を正常に保つ上で非常に重要です。 脳下垂体に発生する代表的な腫瘍が下垂体腫瘍と呼ばれる良性の腫瘍です。これは腫瘍自体がホルモンを分泌しないタイプと不適切にホルモンを分泌するタイプにわかれます。 ホルモンを分泌しない腫瘍 ホルモンを分泌する腫瘍 非機能性下垂体腺腫 プロラクチン産生腺腫 成長ホルモン産生腺腫 (先端巨大症・アクロメガリー) 副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫 (クッシング病) 上記すべての腫瘍に共通の症状として、腫瘍によって視神経が圧迫された時に視野の外側が見えにくくなるという症状が生じます(両耳側半盲)。 また下垂体に腫瘍が発生した場合、正常の脳下垂体ホルモンの機能低下が生じることがあります。 この場合は適切に薬による補充療法を行う必要があります。 当院における治療方針 下垂体腫瘍は、脳神経外科による手術だけではなく、様々な科が協力して診断と治療を行う事が重要です。当院では、内分泌内科が術前の下垂体機能の評価や薬物治療の効果判定を行い、耳鼻咽喉科が手術時および術後の鼻内処置を行っています。脳神経外科は外科的な治療方法の検討(内視鏡下経鼻的下垂体腫瘍摘出術・開頭頭蓋内腫瘍摘出術・ガンマナイフ治療)を行い、下垂体機能をできるだけ温存しながら最大限の腫瘍摘出を行います。また術後に内分泌内科による下垂体機能の評価と、必要時に薬物治療の追加を行います。このように円滑な他科連携治療を行う事で、術後のQOL(生活の質)を高く保つ事が出来、早期の社会復帰が可能になります。 下垂体腫瘍に対する様々な手術方法 ①開頭による顕微鏡下腫瘍摘出術 ②顕微鏡による経蝶形骨洞腫瘍摘出術 ③内視鏡下経鼻的下垂体手術 ④手術用顕微鏡 ⑤ハイビジョン内視鏡 ①と②は手術用顕微鏡を用いた手術法で、従来下垂体手術で用いられていた方法です。 現在はハイビジョン内視鏡を用いた③の術式を用いるようになり手術の有効性および安全性がさらに向上しています。 内視鏡下経鼻的下垂体手術について 非機能性下垂体腺腫 この腫瘍は、視神経が腫瘍によって圧迫されて眼が見えにくくなり発症する事が多いので、視神経に対する圧迫を解除する目的で手術治療を行います。安全に摘出できる部分を手術で取り除き、血管に巻き付いた所など摘出にリスクの伴う部分は放射線治療(ガンマナイフ治療)を必要に応じて追加するという方法をとっています。手術直後から眼の見え方は良くなります。一般的に術後の下垂体機能は温存されますが、術前より下垂体機能の低下がある場合などは、必要によりホルモン補充療法をします。全く無症状で偶然に発見される事もありますが、この場合には詳しく検査を行った上で経過観察を選択する場合もあります。 視力障害で発症した非機能性下垂体腺腫、腫瘍が正常下垂体と視神経を強く圧迫している 内視鏡下経蝶形骨洞手術により腫瘍が全摘出され、脳下垂体と視神経が見えるようになっている 術直後より視力障害は正常化し下垂体機能は温存された。術後約1ヶ月で社会復帰となった プロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ) プロラクチンというホルモンが腫瘍により過剰産生されることにより無月経となり、女性側の不妊の原因となることが多い疾患です。この疾患は、ドパミン作動薬という薬の効果が極めて高いため、手術ではなく、内科的治療が第一選択となります。この薬はプロラクチン値を低下させ腫瘍を小さくさせます。腫瘍を完全に消滅させるわけではないので、一定期間内服を継続させる必要があります。薬の効果があまりない、もしくは薬の副作用が強くて内服継続が困難である場合、手術による効果が高いと判断される場合などには手術治療を検討します。 成長ホルモン産生下垂体腺腫(先端巨大症、アクロメガリー) 腫瘍が成長ホルモンを過剰産生し、身体の様々な症状を呈してくる疾患です。緩徐に発症するために長い間気付かれずに放置されている場合があります。手足が大きく、分厚くなり顎や額が突出します、唇や舌が肥大して声が低くなります。高血圧や糖尿病、脂質異常症、心臓病、脳卒中などを発症しやすくなり、平均寿命が短くなります。このため積極的な治療が必要です。 手術による腫瘍摘出術が治療の第一選択です。完全な腫瘍組織の摘出により根治が期待できます。全摘出できるかどうかは腫瘍の大きさ、進行度によって異なります。全摘出ができない場合であっても可及的に腫瘍組織を摘出しておく事がその後の治療効果に影響します。手術治療の後で、必要があれば薬物治療(ソマトスタチンアナログなど)や放射線治療(ガンマナイフ)などを検討します。 他の下垂体腫瘍と同様に、難病指定疾患で治療が難しいと考えられていますが、当科では外科治療および内科治療ともに、最先端の治療を受けて頂く事が可能です。 ACTH産生下垂体腺腫(クッシング病) ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)というホルモンが腫瘍により過剰産生される疾患です。ホルモン異常により顔が丸くなる(満月様顔貌)や、体幹部が太く手足が細くなる(中心性肥満)などの特徴的な症状を示し、体毛が濃くなり、にきびが増えて、皮膚の色素が濃くなってまだら模様になってきます。病気が進行すると、筋力低下、易感染性を発症します。高血圧、糖尿病、脂質異常症や骨粗鬆症などの生活習慣病と類似した合併症を来します。 この腫瘍はMRIなどの画像診断で写らない事も多いため、腫瘍がどこにあるのかを詳細に調べる事が非常に重要です。わずかでも取り残しがあると将来的に再発する可能性が高いため、できるだけ確実に腫瘍組織を全摘する方法をとります。 手術による全摘が困難な場合には過剰なホルモン産生を抑制する薬物療法や、ガンマナイフ治療を考慮します。 (左)急激な視力障害で発症した下垂体腺腫、腫瘍による視神経の圧迫を認める。 (中)内視鏡下経蝶形骨洞手術により全摘出の状態となった。視力は発症前の状態まで回復した。 (右)ハイビジョン内視鏡による摘出中の光景、腫瘍組織と周辺組織との境界が明瞭に区別されている。詳しく見る
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脳神経外科神経膠腫(グリオーマ) | 脳神経外科特徴 この疾患には以下が含まれます。 毛様性星細胞腫 びまん性星細胞腫 乏突起神経膠腫 退形成性星細胞腫 神経膠芽腫 神経膠肉腫 大脳神経膠腫症 脳実質に存在する神経膠細胞(グリア細胞)から発生する腫瘍です。この中には上に示すように悪性度が高いものからあまり高くないものまで色々な種類の腫瘍が含まれています。腫瘍の発生した部位、腫瘍組織の悪性度などにより様々な神経症状を呈します。神経膠腫に対する治療は、第一に開頭による腫瘍摘出術を行って、可能な限り腫瘍組織を摘出し病理診断を確定させます。この際に脳機能を温存しながら徹底的な腫瘍の摘出を行うために様々な工夫をします(術中病理診断、覚醒下手術、術中蛍光診断、術中神経生理モニタリング、ナビゲーションシステムなど)。摘出した腫瘍組織から病理診断を行うと同時に腫瘍組織の遺伝子変異の解析を行い、腫瘍の悪性度評価と化学療法などの治療効果予測などを行います。これらの情報を元に長期的な治療計画をたてて腫瘍の制御を行います。 当院における治療方法 ①開頭腫瘍摘出術、②局所放射線治療、③抗がん剤による化学療法、④経過観察、のいずれかもしくはこれらの組み合わせにより治療を行います。神経膠腫では、まず手術による腫瘍組織の摘出を最大限に行うことが最初の目標です。脳に発生した腫瘍を徹底的に摘出する事と、脳機能を確実に温存する事は、互いに相反することですが、当院ではこれらをともに達成するため、覚醒下手術、術中ナビゲーションシステム、術中神経生理モニタリングシステム、術中病理診断、術中蛍光診断、等を使用して手術治療を行っております。摘出された腫瘍組織で病理組織診断を確定させ、また腫瘍組織の遺伝子変異解析を合わせて行い、これらの情報から最良の放射線化学療法の検討を行います。 神経膠腫は、四肢の麻痺や失調症状、失語症、記銘力障害、てんかんなどの神経症状をきたす事がありますが、当院ではこれらの症状に対して、早期から理学療法、作業療法、言語聴覚療法による機能回復訓練を実施します、医療ソーシャルワーカーや地域医療施設との連携の元に早期の社会復帰へ向けた完全なチーム医療を提供します。また、痛み、精神的な不安感、抑うつ症状などに対して緩和医療科、リエゾンチームとの緊密な連携をとって、これらの辛い症状を軽減させるように努めています。 左前頭葉発生の神経膠芽腫を認める、腫瘍は言語野に存在しているため、手術による失語症を来す可能性がある 覚醒下開頭腫瘍摘出術を行い、腫瘍を全摘出した。術後に失語症は認めなかった。 左の側頭葉から内側の島回にかけて腫瘍(びまん性星細胞腫)を認める 開頭腫瘍摘出術を行い、腫瘍を95%以上摘出した。手術により術前認めていた痙攣発作は消失し、新たな神経脱落症状は認めなかった 覚醒下開頭頭蓋内腫瘍摘出術 覚醒下開頭頭蓋内腫瘍摘出術について 膠芽腫に対する腫瘍治療電場療法 膠芽腫に対する腫瘍治療電場療法について詳しく見る
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脳神経外科髄膜腫 | 脳神経外科特徴 髄膜腫とは、脳を包んでいる膜(くも膜、硬膜)から発生する腫瘍です。多くは良性の腫瘍であり、中高年の女性に多く発生することが知られています。これらの膜は脳の全周を包んでいるため、脳表の何処からでも発生します。腫瘍が発生した部位により名称が異なります(円蓋部髄膜腫、大脳鎌髄膜腫、鞍結節部髄膜腫など)。 腫瘍の発生原因は完全には明らかになっていませんが、過去の頭部への放射線治療歴や一部の遺伝子異常が原因となり得ると言われています。 良性であることから、ゆっくりと大きくなる性質を持っており、症状が出にくいという特徴があります。 髄膜腫は、何らかの症状がある場合や、症状がなくても増大傾向にある場合、脳幹や視神経などの重要構造物に対して将来的に悪影響が生じると思われる場合などに治療適応となります。 当院における治療方法 小さな腫瘍で、無症候性である場合には治療介入をせずに定期的に経過観察をします。治療を行う場合は、基本的に良性腫瘍であるため外科的切除(手術による摘出術)が最も効果的な治療法です。しかし同じ髄膜腫でも発生部位、周囲の神経や血管との関係、腫瘍の硬さなどにより手術のリスクが異なるため、それぞれの患者様個別の治療法が検討されます。 当院では、手術リスクを減じるために、カテーテルによる腫瘍栄養血管塞栓術を行う場合があります。またどの部分が手術による摘出が適するか、ガンマナイフによる治療が適するかを術前に詳細に検討し、複数の治療法を最も効率的に組み合わせて最大限の治療効果を得られるようにしています。 定位的放射線照射(ガンマナイフ)は、腫瘍に対して集中的に放射線を照射し、周囲の組織には放射線の影響を出さないようにする治療です。大きくない頭蓋底発生の髄膜腫に対しては極めて有効な治療法で、ガンマナイフ単独もしくは手術治療と組み合わせて腫瘍を治療します。 これらの治療方法(手術による摘出術、ガンマナイフ治療、経過観察)の選択は、①手術による摘出がどれぐらい可能か、②患者さんの全身状態(全身麻酔手術で問題となるような合併疾患の有無)、③腫瘍の増大有無および増大速度、などを考慮し個別に判断します。 代表的な治療例 (左) 右の視神経外側に発生した腫瘍(前床突起部髄膜腫)が視神経を内側に圧迫している (右) 頭蓋底アプローチを用いた手術により腫瘍が全摘出され、視神経の圧迫が解除されている 術前に認めていた視野欠損は術後に消失した (左) 左の大脳半球上方に発生した腫瘍(傍矢状洞部髄膜腫)が左大脳半球を圧迫している (右) 栄養血管塞栓術および腫瘍摘出術により腫瘍が全て摘出され、大脳の圧迫が解除されている 術前に認めていた認知症、歩行障害は術後に消失した (上)錐体斜台部髄膜腫(脳深部に発生した髄膜腫、白い腫瘤として見える)により、顔面の感覚異常を来している。 (下)術中神経生理モニタリングとナビゲーションシステムを使用した頭蓋底アプローチにより、腫瘍を全摘出した。顔面の感覚異常は消失した。 聴神経および顔面神経に近接した錐体骨部髄膜腫に対する、術中脳神経モニタリング併用下の腫瘍摘出術 この方は、ふらつきの進行で脳腫瘍を指摘され当科紹介となりました。86才と高齢の方ですが、もともとは全く認知症のない、非常にお元気な方でした。MRIでは、4㎝の錐体骨部髄膜腫が、小脳と脳幹を圧迫していることがわかりました。髄膜腫は脳を包んでいる硬膜という膜から発生する良性の脳腫瘍であり、適切な摘出術により治癒が得られる疾患です。 以前であれば、86歳の方に対する脳腫瘍の摘出術は一般的に勧められることはありませんでしたが、近年ではこの方のように元気な高齢者の患者さんが増加しており、当科では病状を詳細に検討したうえで手術治療をお勧めする場合があります。麻酔管理、周術期管理等を含めて高齢者の方が無理なく治療を受けていただける体制をとっております。 この方の場合、手術をしないと失調症状の進行による歩行障害がさらに進行することが予想され、全身状態を評価したうえで手術した方が良いだろうと判断いたしました。 今回の腫瘍の発生部位は、顔面神経(顔を動かす神経)と、聴神経(音を聴く神経)に接しており、摘出に伴ってこれらの神経が障害されるリスクが懸念されました。つまり手術によって音が聞こえなくなったり、顔の筋肉を動かすことが出来なくなったりする可能性があるということです。このような状況下において、当院では手術による神経機能障害リスクを回避するために、詳細な術中神経機能モニタリングを用いています。全身麻酔下の開頭頭蓋内摘出術では、腫瘍を摘出している際に神経機能が温存されているのか、あるいは障害されたのか、実際に麻酔を覚ましてみないとわかりませんが、特殊な神経刺激に対する筋電図や脳波などの神経反応を手術中リアルタイムに観察することにより術中の神経機能をモニタリングし、手術による損傷リスクを低下させる事ができます。専任の臨床検査技師が手術に立ち会い、腫瘍の摘出中に、神経機能の変化がないかどうかを監視しています(図1,2)、当院では脳腫瘍、下垂体腫瘍、脳動脈瘤や脊椎脊髄疾患に対してこのような術中神経機能モニタリングを施行しており、手術合併症のリスクが極めて低い良好な成績を達成しております。 無事に腫瘍が摘出されました(図3)、術後のリハビリテーションも順調に進み、新たな神経脱落症状なく、ふらつきも改善し自宅退院されました。 高齢者の方の手術は今後増加すると思われますが、当院ではこのように万全の体制で高齢者の方の開頭手術を行い、安心して治療を受けていただけるように努めて参ります。 図1 この患者さまの術前MRI画像 右錐体骨髄膜腫が小脳と脳幹を圧迫し、ふらつきの原因となっています(黄色点線)。 また腫瘍の前方では顔面神経と聴神経を腫瘍が圧迫しています(青矢印)。 図2 術中神経生理モニタリング 全身麻酔導入後、患者さまの聴力および顔面神経機能を電気生理学的にモニタリングするため、さまざまな電極を留置します(左)、手術中は専任の臨床検査技師が神経機能を監視し、手術による神経機能悪化のリスクを回避します(右)。 図3 錐体骨髄膜腫の摘出 腫瘍の摘出は手術用の顕微鏡を使用し、図のように腫瘍(青矢印)と脳組織(緑矢印)を少しずつ剥離して進めてゆきます、この患者さまの場合には腫瘍の奥に聴神経と顔面神経が存在しているので、摘出操作による神経の損傷に注意して手術を進めます。 図4 腫瘍摘出後の状態 腫瘍の摘出がほぼ終了し、顔面神経(黄矢印)と聴神経(青矢印)が腫瘍の奥で露出された状態です。電気刺激で顔面神経機能を確認しています。脳幹の圧迫が解除され、神経機能が温存されました。手術時間は約5時間でした。 図5 術後MRI 術後のMRIでは、腫瘍が摘出されていることがわかります。手術後3日目より歩行リハビリテーションを開始しました。数日でトイレ歩行ができるようになり、試験外泊を経て術後23日目に自宅退院となりました。現在も元気に外来に通院されており、非常に良好な経過をとられました。詳しく見る