髄膜腫

特徴

髄膜腫とは、脳を包んでいる膜(くも膜、硬膜)から発生する腫瘍です。多くは良性の腫瘍であり、中高年の女性に多く発生することが知られています。これらの膜は脳の全周を包んでいるため、脳表の何処からでも発生します。腫瘍が発生した部位により名称が異なります(円蓋部髄膜腫、大脳鎌髄膜腫、鞍結節部髄膜腫など)。
腫瘍の発生原因は完全には明らかになっていませんが、過去の頭部への放射線治療歴や一部の遺伝子異常が原因となり得ると言われています。
良性であることから、ゆっくりと大きくなる性質を持っており、症状が出にくいという特徴があります。

髄膜腫は、何らかの症状がある場合や、症状がなくても増大傾向にある場合、脳幹や視神経などの重要構造物に対して将来的に悪影響が生じると思われる場合などに治療適応となります。

当院における治療方法

小さな腫瘍で、無症候性である場合には治療介入をせずに定期的に経過観察をします。治療を行う場合は、基本的に良性腫瘍であるため外科的切除(手術による摘出術)が最も効果的な治療法です。しかし同じ髄膜腫でも発生部位、周囲の神経や血管との関係、腫瘍の硬さなどにより手術のリスクが異なるため、それぞれの患者様個別の治療法が検討されます。

当院では、手術リスクを減じるために、カテーテルによる腫瘍栄養血管塞栓術を行う場合があります。またどの部分が手術による摘出が適するか、ガンマナイフによる治療が適するかを術前に詳細に検討し、複数の治療法を最も効率的に組み合わせて最大限の治療効果を得られるようにしています。

定位的放射線照射(ガンマナイフ)は、腫瘍に対して集中的に放射線を照射し、周囲の組織には放射線の影響を出さないようにする治療です。大きくない頭蓋底発生の髄膜腫に対しては極めて有効な治療法で、ガンマナイフ単独もしくは手術治療と組み合わせて腫瘍を治療します。

これらの治療方法(手術による摘出術、ガンマナイフ治療、経過観察)の選択は、①手術による摘出がどれぐらい可能か、②患者さんの全身状態(全身麻酔手術で問題となるような合併疾患の有無)腫瘍の増大有無および増大速度、などを考慮し個別に判断します。

代表的な治療例
医事課
20220225

(左) 右の視神経外側に発生した腫瘍(前床突起部髄膜腫)が視神経を内側に圧迫している

医事課
20220225

() 頭蓋底アプローチを用いた手術により腫瘍が全摘出され、視神経の圧迫が解除されている

術前に認めていた視野欠損は術後に消失した

髄膜腫②左

() 左の大脳半球上方に発生した腫瘍(傍矢状洞部髄膜腫)が左大脳半球を圧迫している

髄膜腫②右

() 栄養血管塞栓術および腫瘍摘出術により腫瘍が全て摘出され、大脳の圧迫が解除されている

術前に認めていた認知症、歩行障害は術後に消失した

髄膜腫③左
髄膜腫③右
髄膜腫④左
髄膜腫④右

(上)錐体斜台部髄膜腫(脳深部に発生した髄膜腫、白い腫瘤として見える)により、顔面の感覚異常を来している。

 (下)術中神経生理モニタリングとナビゲーションシステムを使用した頭蓋底アプローチにより、腫瘍を全摘出した。顔面の感覚異常は消失した。

聴神経および顔面神経に近接した錐体骨部髄膜腫に対する、術中脳神経モニタリング併用下の腫瘍摘出術

この方は、ふらつきの進行で脳腫瘍を指摘され当科紹介となりました。86才と高齢の方ですが、もともとは全く認知症のない、非常にお元気な方でした。MRIでは、4㎝の錐体骨部髄膜腫が、小脳と脳幹を圧迫していることがわかりました。髄膜腫は脳を包んでいる硬膜という膜から発生する良性の脳腫瘍であり、適切な摘出術により治癒が得られる疾患です。

以前であれば、86歳の方に対する脳腫瘍の摘出術は一般的に勧められることはありませんでしたが、近年ではこの方のように元気な高齢者の患者さんが増加しており、当科では病状を詳細に検討したうえで手術治療をお勧めする場合があります。麻酔管理、周術期管理等を含めて高齢者の方が無理なく治療を受けていただける体制をとっております。
この方の場合、手術をしないと失調症状の進行による歩行障害がさらに進行することが予想され、全身状態を評価したうえで手術した方が良いだろうと判断いたしました。

 

今回の腫瘍の発生部位は、顔面神経(顔を動かす神経)と、聴神経(音を聴く神経)に接しており、摘出に伴ってこれらの神経が障害されるリスクが懸念されました。つまり手術によって音が聞こえなくなったり、顔の筋肉を動かすことが出来なくなったりする可能性があるということです。このような状況下において、当院では手術による神経機能障害リスクを回避するために、詳細な術中神経機能モニタリングを用いています。全身麻酔下の開頭頭蓋内摘出術では、腫瘍を摘出している際に神経機能が温存されているのか、あるいは障害されたのか、実際に麻酔を覚ましてみないとわかりませんが、特殊な神経刺激に対する筋電図や脳波などの神経反応を手術中リアルタイムに観察することにより術中の神経機能をモニタリングし、手術による損傷リスクを低下させる事ができます。専任の臨床検査技師が手術に立ち会い、腫瘍の摘出中に、神経機能の変化がないかどうかを監視しています(図1,2)、当院では脳腫瘍、下垂体腫瘍、脳動脈瘤や脊椎脊髄疾患に対してこのような術中神経機能モニタリングを施行しており、手術合併症のリスクが極めて低い良好な成績を達成しております。
無事に腫瘍が摘出されました(図3)、術後のリハビリテーションも順調に進み、新たな神経脱落症状なく、ふらつきも改善し自宅退院されました。
高齢者の方の手術は今後増加すると思われますが、当院ではこのように万全の体制で高齢者の方の開頭手術を行い、安心して治療を受けていただけるように努めて参ります。

医事課 後藤
20211015

図1 この患者さまの術前MRI画像
右錐体骨髄膜腫が小脳と脳幹を圧迫し、ふらつきの原因となっています(黄色点線)。
また腫瘍の前方では顔面神経と聴神経を腫瘍が圧迫しています(青矢印)。

医事課 後藤
20211015

図2 術中神経生理モニタリング
全身麻酔導入後、患者さまの聴力および顔面神経機能を電気生理学的にモニタリングするため、さまざまな電極を留置します(左)、手術中は専任の臨床検査技師が神経機能を監視し、手術による神経機能悪化のリスクを回避します(右)。

医事課 後藤
20211015

図3 錐体骨髄膜腫の摘出
腫瘍の摘出は手術用の顕微鏡を使用し、図のように腫瘍(青矢印)と脳組織(緑矢印)を少しずつ剥離して進めてゆきます、この患者さまの場合には腫瘍の奥に聴神経と顔面神経が存在しているので、摘出操作による神経の損傷に注意して手術を進めます。

医事課 後藤
20211015

図4 腫瘍摘出後の状態
腫瘍の摘出がほぼ終了し、顔面神経(黄矢印)と聴神経(青矢印)が腫瘍の奥で露出された状態です。電気刺激で顔面神経機能を確認しています。脳幹の圧迫が解除され、神経機能が温存されました。手術時間は約5時間でした。

医事課 後藤
20211015

図5 術後MRI
術後のMRIでは、腫瘍が摘出されていることがわかります。手術後3日目より歩行リハビリテーションを開始しました。数日でトイレ歩行ができるようになり、試験外泊を経て術後23日目に自宅退院となりました。現在も元気に外来に通院されており、非常に良好な経過をとられました。